
現在の鍋島焼と言われるもののほとんどは、この大川内山で焼かれたものです。
日本ではじめて磁器が生まれたのは、江戸時代初頭、現在の佐賀県有田町でした。
この日本で唯一の磁器生産地を持った鍋島藩は、有田の優秀な陶工を集めて藩直営の窯を築き、
城内の調度品、また献上、贈答用の磁器を焼かせました。
1675年、藩窯は、山深い伊万里市大川内山に移り、
以降明治4年の廃藩までこの地で活動を続けました。鍋島藩窯は、本格的な組食器を生産し完全な
組織化により生産を管理し製品の質の向上に常に気を配りました。その技法の秘密は、厳守され不良品も
外部に持ち出される事なく処分されました。
献上、贈答などの特別な目的のために作られたそれらは、市場に出回ることなく明治になるまで
一般の人々の目に触れる事はありませんでした。この事が今の『秘窯の里 大川内山』と言われる由縁です。
今では、30軒の窯元が美術品から一般食器を製作しています。
毎年4月1日〜5日『春の窯元市』・11月1日〜5日『鍋島藩窯秋まつり』と
年に2回窯元市が開かれ多くの焼物ファンで賑わっています。
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